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料理を出してくれるお店を選ぶのは難しいですね。好きなお店はたくさんありますが、どれも好きなので、○○屋の中からどこかひとつだけ選べ、みたいなことを言われたらどんなジャンルでも困っちゃうだろうなと思います(日常生活でそんなこと言われることはないですけどね)。
でも、とんかつ屋さんをひとつ選べと言われたら、迷わずに選ぶ店があります。日本で一番、いや、世界で一番好きなとんかつ屋さんです(世界における日本のとんかつの独自性については「
とんかつの誕生―明治洋食事始め:講談社選書メチエ」参照。平たく言えば、とんかつは日本にしかありませんってことね。余談ですが、この本、とんかつの調理法がなぜ日本独特で、それがどのようにして生まれて今の形になったかがきっちり説明されていて、面白いです。ま、それはさておき……)。
その店は「めぐろ」と言います。ある地方都市の小さな駅の駅前にあり(興味がある方は、Googleで探せばすぐにみつかります)10ン年前に、その近くにある製造工場に出張に行っているときに、そこの中島さんという方から教わったお店です。
とんかつはもちろんおいしいですのですが、この店が好きな理由は厨房にあります。
油染みひとつなく手入れされた白木のカウンター(とんかつ屋に白木のカウンターは、それだけでチャレンジングです)で囲まれた厨房には、ステンレスのシンプルな什器と、これまたきれいなすべすべの俎板が並び、ご主人ともうお一人の料理人が、黙々とうつむき加減で、肉を処理し、衣をつけ、とんかつを揚げ、切り、キャベツを盛り付け、白いご飯と豚汁をよそっています。作業は見事に段取りされ、ひとつひとつの動きはまるで無駄がありません。にぎやかなやりとりも派手なアクションもありませんが、実にストイックで美しい。
無駄がない動きで料理に集中していると見せかけて、二人のお客への目配りと気配りは完璧です。料理の皿をカウンターの上に音もなく置くと、返す手で楊枝立ての上に伏せてかぶせてある蓋がわりのグラスをそっと取ります。キャベツやご飯がなくなって客の視線が催促するように泳ぎはじめる一瞬前の絶妙のタイミングで、いつでもおかわりを出せる体制で「おかわりはいかがですか?」と静かに問いかけます。機械的な通り一遍のリアクションをしているのではない証拠に、おなかがちょっと大きな妊婦のお客さんが入ってきてカウンターに座ろうとすると、串に刺した串かつの肉を丁寧に切りそろえるのに集中していたはずのご主人が、抑制の効いた優しい声で「カウンターは高いですから、もしよろしかったらあちらにどうぞ」と低い椅子のテーブル席を案内したりします。すべてがさりげなくて自然で心地よいのです。
ときどき、ここのとんかつを食べに行きたくなります。問題は東京からちょっとだけ遠いこと。「プロの仕事」を堪能するには、食べるほうにも少々の覚悟が必要です。