The means justifies the ends
私、真空管世代のはしくれです。
家に初めてトランジスタがやってきたのは小学校1年生のときに親が買ってくれた東芝のトランジスタラジオ。2SA52-2SA49-2SA53-2SB54-2SB56×2の缶入りゲルマニウムトランジスタが6本。それに出会うまではテレビもラジオもオーディオも真空管でした。
鉄腕アトムのおなかの中のメインデバイスも真空管だったね。
いいオトナになった去年のある日、高校の無線部の大先輩が趣味の手打ちそばを振る舞ってくださることになりまして、缶ビールを下げてノコノコ出かけて行ったところ、そのまたさらに先輩の偉人がお菓子の缶に真空管を詰め込んだものをお土産にくださいました。こんなの。
「手段のためには目的を選ばない」をモットーとする higuchi.com としては、この真空管たちを使って何か動く物を作らざるを得ませんとも、ええ、そうですとも。
中でも特に目立つ大きい真空管たち。6G-B8 (東芝) が1本、6L6 (RCA) が2本、そして 6L6WGB (Tung-Sol) も2本。
6G-B8 は日本独自の真空管で、営業用のオーディオとかPA装置みたいな大出力が必要な用途に向けて開発されたものだそうですが、1本だけだとちょっと使いにくい。
6L6と6L6WGBは「6L6ファミリー」と呼ばれるもので、1936年(昭和11年)にアメリカのRCAが開発した6L6が始祖。そこから6L6G→6L6GA→6L6GB→6L6GCと大出力の改良型に発展して、6L6GCはいまでも作っているメーカーがある、わりとポピュラーな球。6L6WGB(別名5881)は 6L6 をベースに工業用とか軍用に開発されたもの。どちらも2本ずつあるので、これを差し替えて使えるステレオアンプを作ることにします。
予算は2万円。
21世紀の今、真空管アンプを作るとなると、真空管そのもの以外の周辺部品を手に入れるのが大変です。
昔は鉄くず同然でジャンク屋にゴロゴロ転がっていたトランス、高い電圧に耐えるコンデンサ、重たいパーツを載っけるシャーシなど、どのパーツも高いし入手困難。
まだ現役の真空管工場もあるという世界の工場なら安いパーツがあるんじゃないかと、中国発のネットの情報をまさぐっていたら、こんなものを見つけました。
6P3Pというのは聞いたことのない名前ですが、調べてみるとソビエト由来の中国製真空管で、ほぼ6L6に相当する球らしい。初段は 6N1 という ECC85/6AQ8 相当の双三極管。そして 5Z4P という整流管。
さらに、このアンプの組み立て前の部品をセットにしたキットを、AliExpress、eBay など世界中あちこちのネットショップで売っています。なかなかよさげな電源トランス、出力トランス、チョークコイル、名の通ったメーカー製のコンデンサが最初から全部揃って100ドル台。
その中でも一番安かったのが Yahoo! オークション 16,800円。中国からの送料2,000円。
ヘタにばらばらに部品集めて、手にマメを作りながらシャーシに穴を開けるぐらいなら、これを買っちまえ(オトナ)。
で、約1週間後、中国から大きなダンボール箱が届きました。
開封の儀。
手作り感たっぷりのパッキング。
中身を引っ張り出してみた。
箱の中には中国語で書かれたパーツ一覧と、組み立て説明書(回路図付き)。
そのほか、オークションの出品者さんから、日本語の回路図と、実体配線図のダウンロードリンクが送られてきました。
回路はごくごく標準的なもの。出力管はカソードを抵抗とコンデンサでグラウンドに落とす自己バイアスで、出力トランスのスピーカー側から初段のカソードにオーバーオールのNFBがかかっています。
まずは、指定の回路そのままで組み立ててみることにします。
ただし、部品は一部取り替えます。
まず、ボリューム。見るからにちゃちですぐにガリオームになってしまいそうな100KΩ。しかもBカーブ。音量調整にBカーブはないだろうということで、ここは奮発して東京コスモス電機の高級品。RV24YG、1軸2連100KΩのAカーブ。アキバで買うと1本2,000円オーバーのものを、おなじみAliExpressで送料込み10ドル。
電源スイッチは、わりとしっかりしたモノだったけど、手持ちで日本開閉器のカチッとした感触のよいスイッチがあったので交換。
底板に付けるゴム足も、なんだかすぐに劣化しそうなやつだったので、タカチのそれっぽいやつに交換。
あと、通信機風のボリュームつまみを、これまたAliExpressで買ったアルミ削り出しの黒いやつに。それからカップリングコンデンサの0.33μF/400Vは、台湾のBennic製(これは、これで定評のある専門メーカー)を、おフランス製Solenに交換。
余ったパーツがこれ。
シャーシは厚さ1ミリちょっとありそうなステンレス製。自分で穴を開けるのはちょっと大変な頑丈なやつ。左右はサイドウッドをネジ留めするようになっています。
サイドウッドは栗かなにかの板に濃い色のオイルステインが厚塗りしてありますが、個人的にオイルステインべたべたなのはあまり好きでないので、以前フローリングの床材を検討したときにもらった無垢の南洋材サンプルを切り出して、カンナを掛けて面取りして、蜜蝋ワックスをかけて自作しました。
サイドウッドは、中のアンプを組み立ててしまうと取り外すのはとても難しいので、交換するなら組み立てる前にやってしまうこと。
さて、組み立てにかかりますよ。
付属の説明書によると「第一歩:要先装着側板,先定好木側板位置后先用木螺絲釘一下后再装上这样省事好装了1.先組装電子管管座……」
漢文習っててよかった。少なくとも、漢字の羅列を読み解こうという勇気が涌いてくる。
まず、ステンレスのシャーシにサイドウッドをネジ留め。まず、錐でガイド穴を開けてから、付属の木ねじを締めます。
ステンレスシャーシは表面に養生シートが貼ってあって作業中にキズが入らないようになっているのですが、サイドウッドに当たる部分はシートを剥がしておきましょう。この写真では剥がしていなくて、あとで引っ張って剥けば取れるだろうとたかをくくっていたらかなり苦労しました。
続いて、真空管ソケット、スピーカーターミナル、入力RCAピンジャック、電源ソケット、電源スイッチ、ボリュームと、軽い部品をネジ留め。
ここで、スピーカーターミナルが1本壊れてしまいました。強めにネジ留めしていたら、もろくも折れた……
たまたま、以前スピーカー切り替えスイッチボックスを作ったときに中国からまとめ買いしていたターミナルがあったので、全数それに取り替えで作業続行。
軽い部品が付いたら、電源トランス、出力トランス、チョークコイルの重たい部品をネジ留めします。
さて、トランスの線とシャーシがショートしていたりしないか念のため導通チェックして、ここから先はハンダごてで配線作業。
まず、100Vの電源と、ヒーター電源。この線は交流が流れるので、2本ペアをツイストしてできるだけ磁界を打ち消すようにしてから配線。
それから抵抗とコンデンサ類を信号の流れに沿って配線。
シャーシへのアースは一か所だけで落とす「一点アース」が原則。電源トランスの近くで落とすか、信号の流れに近い場所で落とすか試行錯誤したのですが、今回は敢えて禁を破って、電源の平滑系直下と、信号系の真ん中で別々にアースポイントを作って、その間を太い網線でがっしりつなぎました。で、その結果の配線完成図。
配線をダブルチェックしてからテスト。おかしな音や匂いがしたらすぐにスイッチを切れる体勢でテスターを構えます。
まず、真空管を挿さずにヒーター電圧が正しいピンに来ているか素早くチェック。ここで一旦スイッチオフ。
次に整流管だけ挿して、プレートやスクリーングリッドの高圧チェック。
ここまで来たら割と安心。またスイッチを切って、全部の真空管を挿して動作確認に入ります。
さて、説明書の一番上に目立つ注意書きがあります。
注意事項,禁止空載開機。調試時要毎路接音箱或8欧姆電阻後開機。
空積み運転禁止、つまり無負荷状態で動かすな、と。調整するときは、両方のチャンネルにスピーカー(音箱)か、8オームの抵抗(8欧姆電阻)をつないでから動かせ、と。
まず、スピーカーをつないで、そっとスイッチオン。
一発で音が出た!鳴ってる!
一応、いろいろ測定するために、純抵抗負荷のダミーロードとして、15Ωのセメント抵抗を2本パラにしたものも用意しました。
で、波形を見たり。
悪くない。悪くない音ですよ。
本来の目的というか手段を忘れずに、6L6ファミリーに差し替えてみます。
その前に注意点。
6L6ファミリーはピンの互換性があってそのまま差し替え可能なのだけど、オリジナル6L6だけはちょっと違う。他の真空管ではNCつまり接続なしになっている1番ピンが外装のメタルケースにつながっているので、これをシールドとして使うためにグラウンドかカソードにつながないといけません。
この回路は自己バイアスでカソードにも20Vぐらいの電圧がかかっているはずなので、そこにつなぐと、6L6の外側にさわったときにちょっとピリっとするかもしれない(その前に熱いと思うけど)。なので、グラウンドにつなぎます。
この1番ピン、近い種類のヨーロッパ管EL34を挿すときにも問題になるピンで、EL34ではサプレッサーグリッドにつながっていて、普通はカソードにつなぐのだけど、まあグラウンドに落としても働きは似たようなものだろうし、それはEL34を挿すような事になったときに考えよう、ということでグラウンド直結することにしました。
まず、元祖 RCA のメタル管。6L6。スリムでかっこいいぞ。ゲイン低め。
質実剛健な JAN 5881/6L6WGB。ずんぐりした姿が頼もしい。
そして、キットについてきた中国球 6P3P。スペックシートではGT管なのに、なぜかST管の形状。漢字のシルクプリントもエレガントに見えます。
真空管の音が Hi-Fi かっていうと、そんなことはないのです。
むしろ、2次歪み出まくりで、思いっきり色のついた音がする。でも、僕らの世代にとってこの歪みは機械から出てくる音を象徴する懐かしい音色。ノスタルジー以外の何物でもない。見た目の暖かい光もプラシーボ効果抜群です。
この音を、生まれたときからD級アンプのリニアリティ高い音で育ってきた世代の人はどう感じるんだろう、というのはとても興味があるわけですが、閑話休題。
ここからは、ファンクションジェネレーターとオシロスコープが大活躍の改造セッションの始まり。
まず、ぺるけさん提唱の出力段の信号ループ最短化と定電流化から。
そして、たぶん、負帰還まわりの位相補正へ続きます。
さらに、残った真空管、6AU6×2、12AX7、6AQ5×2などで何を作るかも大きな課題。
(いつになるかわからないけれど)次回、調整編を待て。
追記:この記事を公開した今日はこの真空管をくださった先輩の誕生日で、そのお祝いのメッセージをお送りしたところ、ご長男からお返事をいただき先輩が5月にご病気で亡くなっていらっしゃったことを知りました。
アンプ完成のご報告をと思っていたのですが、間に合わず無念です。
ご冥福をお祈りいたします。
福田 道生さんのコメント:
ご無沙汰しています福田(無線部OB S24卒)です。6L6PPアンプの製作ドキュメント、私もオーディオ好き人間なのでとても楽しく面白く拝見しました。ひと昔前OTLアンプに凝っていたので今でもAFオッシレータ、オッシロなど持っています。今はアキフェーズのアンプ、B&WのSPでクラシックのみ
を聴いております。 ではまた。