The means justifies the ends
12月18日公開のスターウォーズの新作。昨日「日本のために作られた」という予告編が YouTube で公開されてネット界隈は盛り上がっています。
いっぽう、海の向こうではこの予告編の日本語字幕をめぐってたいへん興味深い議論が起こっています。
字幕の日本語の敬語表現を読み解くと、もとの英語のセリフからは分からない登場人物の人間関係が浮かび上がってくるというのです。
TIME オンライン版の What We Learned From the Japanese Captions on the New Star Wars Trailer という英文記事から。行きますよ。
まず、冒頭でヒロインの Rey に向かって誰か女性の声で “Who are you?” と尋ねる場面。英語の “Who are you?” は、ぶっきらぼうな訊き方ではありますが、人間の上下関係や性別のニュアンスはなく、日本語の「どちら様ですか?」かも「お名前は何ですか?」かも「キミ、誰だよw」かもしれないのですが、字幕は「お前は何者だ?」という極めて高圧的な男言葉に訳されています。
これを見た日本人なら「Rey は権力を笠に着た、たぶん帝国のエライ人か誰かに詰問されている」と感じるところ。英語の台詞からは分からない。
上の質問は男言葉に訳されているのですが、それに対する Rey の返事 “I’m not anything.” の訳は「何者でもないわ」という女言葉が選ばれています。
ここでも、もとの英語には全くなかった性差と敬意のニュアンスが強く出されている、ということは Rey はレイア姫のように帝国に立ち向かう強いキャラクターではなく、むしろ権力側から抑圧されている人として描かれているようだ、と記事では推定しています。
ここで記事はちょっと横にそれて、日本語に主語がないことに不満を述べています。
字幕に「目覚めよ」とだけある。これだけでは、目覚めるのが Rey(She shall awaken)なのか、それともフォース(It awakens)なのか分からない、と。
そしてたぶん、これは Rey が彼女自身が持っている力について目覚めると同時にフォースが目覚めるというダブルミーニングなのだろう、と推定しています。そうでしょうね。
ヒロインの Rey と Finn が互いに自己紹介する場面。字幕はこうなってる。
Rey「名前は?」
Finn「フィンだ」
Rey「私はレイ」
丁寧語の「お名前」ではなく「名前」という単語が選ばれていること、また、ですます調ではないことから、この二人がお互いに自己紹介をしているシーンではすでに全くの初対面ではなく、これより以前に例えばどちらかが相手を助けるなどして、すでに顔見知りになっていることが推定される、と言っています。
たしかに、英語のセリフからはこのニュアンスはまったく伝わってこないし、完全な初対面の自己紹介だと、こういう物言いはしないですね。
そして、日本語字幕にはもとの英語のセリフにはない家族の血脈を思わせる表現があちこちにある、と。
ダークサイド側の新キャラクター Kylo Ren が、ダースベイダー卿のヘルメットに誓いを立てる場面、英語は
I will fulfill our destiny. I will finish what you started.
つまり
私は我々の運命を全うする。私はあなたが始めたことを完結させる
という誓い。
ところが字幕は
これは私の運命
私があなたを受け継ぐ
と「受け継ぐ」という世襲を想起させる言葉が使われ、それに続くタイトルカードでも
いま、世界は受け継がれる。
と、なにかが相続されるニュアンスが加えられています。
そして最後のナレーション。
Hope is not lost today, it is found.
が
希望は失われていない
生まれたのだ
に。
希望が「見つかった(found)」から、わざわざ「生まれた(born あるいは reborn)」に置き換わっているのは、どういうニュアンスが隠れているんでしょうね。
英語から自然な日本語に翻訳しようとすると、ごく普通の敬語表現の中に、もとのテキストにはなかった人間関係をいろいろ織り込んでしまうということがよく分かって、実に興味深い記事でした。
ところで、この予告編を見ていると、逆に日本語字幕ではもとの英語のテキストが持っていたニュアンスが消えてしまっている部分もあることに気がつきました。
上にも出てきた、新悪役 Kylo Ren の誓いの場面。
日本語字幕では「これは私の運命」となっている台詞、もとの英語は “I will fulfill our destiny” です。「私」の運命ではなく「私たち」の運命。つまり、Kylo は誰かとひとつの同じ運命を共有していて、それをその誰かのために全うすることを誓っているんです。
Destiny と言えば、エピソード5の有名な “I am your father” のシーン。
おあとがよろしいようで。