The means justifies the ends
私は今、軽い義憤に駆られているのであります。最近 Facebook にしつこく出てくるこの広告。
自転車のサドルの裏にこの小さなデバイスを貼り付けておけば、今どこにあるのかスマホの地図上で随時追跡できる、という内容の広告。
すごそうじゃないですか。子供の頃のスパイ映画とかアニメの追跡装置そのものじゃないですか。
案の定、Facebook 上では「何キロまで追跡できるんだろう」とか「これで猫が追跡できる」とか「ストーカーに使われたら危険だ!けしからん」みたいな、そのまま真に受けている方々のコメントが見受けられますが、ちょっと待て。
昔、少年雑誌の裏表紙なんかに載っていた通販アイデア商品と同じ匂いがする。
結論から言うと、このデバイスを使って、盗られた自転車の現在地を追跡するのはほぼ不可能。この広告、控えめに言っても優良誤認、平たく言えばいんちきです。
このデバイスが、広告にある通り遠隔地でも現在地を知らせてくれるのだとしたら、デバイスの中に自分の位置を知るための仕組みと、知った位置情報をサーバーに送るための仕組みが必要なはず。
余談ですが、デバイスからスマホに直接位置情報を伝えるわけじゃないですよ。なので「何キロまで追跡できるのか」なんていう疑問はそもそも的外れ。スマホが電波で通信する相手は、あとで出てくるBluetoothの近距離通信を除けば、携帯電話会社基地局経由にしろWi-Fi経由にしろ、どこかのサーバー。通話相手の別のスマホやデバイスと直接電波をやりとりしてるわけではありません。
なので、このての遠隔地デバイスと通信するということは、デバイス側も携帯の電波かWi-Fiで同じサーバーにデータを送って来ることができる、と推定するのが正解。
閑話休題、デバイスが自分の位置を知る仕組みとして安定して使えそうなのはGPS。そして、デバイスがどんな場所にあってもサーバーにデータを送れるようにするためには、携帯電話の電波を使うしかない。
ところが、この小さなデバイスにGPSと携帯電話の通信チップと電池が入っていて、電池が1年間も保って、しかも3,000円とは、どう考えてもなにかがおかしい。
話が長くなりましたが、この TrackR というデバイスの発売元のサイトに行くと、タネがわかります。
このデバイスには GPS も 携帯電話通信の機能も Wi-Fi も付いていません。中に入っているのは Bluetooth Low Energy のチップとボタン電池。Bluetooth を使って自分のスマホと常に通信をしていて、スマホ側で GPS から取得した現在地を「最後に通信した場所」として覚えておく仕組みです。
Bluetooth Low Energy はだいたい5メートルぐらいしか電波が届かないので、デバイスとスマホの距離が離れると通信が途切れる。で、スマホ側のアプリを開いてみると最後に通信した場所、つまりデバイスを置いてある場所が地図上に表示されるというしかけ。
これだけだと、自転車をどこに駐輪したのか忘れちゃったとか、デバイスを付けた鍵をどこにしまったか忘れた、といったような時ぐらいしか役に立たないわけですが、そこにもうひとつ工夫があって、開発元が Crowd GPS と呼んでいる仕掛けが施されています。Cloud じゃなくて Crowd。同じアプリをスマホにインストールして起動している人がたまたまデバイスの近くを通って Bluetooth で通信が成立すると、その人のアプリからデバイスの現在地を更新してくれるようになっています。
盗まれた自転車の現在地を追跡できるのは、その自転車の数メートル以内のところをたまたまこのアプリを起動している人が Bluetooth でペアリングできるぐらいゆっくり通りかかってくれたときだけ、ということです。
で、その Crowd GPS で位置を捕捉できたケースがどのぐらいあるかというと、これ。
東京で、ここ数ヶ月ぐらいの間に捕捉できた場所の累計らしい。Webサイト上では過去1ヶ月分の捕捉実績が時系列で光って表示されるけれど、1日数個捕捉されるかどうか、というぐらいの頻度みたいです。それから、●が大きいけれど実際にはそれぞれのせいぜい半径10メートル以内ですからね。
盗まれた自転車がこのメッシュにひっかかる確率は極めて低いと断言してよさそう。
スパイ映画のレーダー追跡デバイスみたいなものを期待すると、ラブテスターかミステリーファインダーなみにがっかりしますよ、というお話でした。お気を付けください。