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“「ひよ子」敗訴”を報じる朝日新聞
ひよ子と二鶴の親子、よく似ている
今朝の朝日新聞の社会面。ハヤタ隊員をカレースプーンでウルトラマンに変身させようとしたことで有名な実相寺昭雄監督や木下順二さんの訃報にならんで、「ひよ子」まんじゅうの立体商標としての登録を認めた特許庁の審決を知財高裁が取り消したことが報じられていました。
立体商標として認められないことを求めたのは、類似品の「二鶴の親子」を作っている「
二鶴堂」。「二鶴堂」は「
ひよ子」と同じく福岡の会社(正確には「ひよ子」は元は飯塚市、「二鶴堂」は福岡市の博多サイド)で「博多の女(ひと)」というお菓子で有名なんですが、こんな「ひよ子」もどきも作っていたんですね。写真で見る限り、お菓子のカタチから包装紙のパッケージの意匠まで、みごとなコピー。もろにパクリです。
朝日新聞の記事には途中の経緯が書かれてないので分かりにくかったけど、中日新聞などによると「ひよ子」側が立体商標の登録を盾に「二鶴の親子」の販売差し止めを求めて訴え、それに対して「二鶴堂」側は商標登録そのものを無効とする訴えを起こしていたそうです。
朝日新聞は「二鶴堂」の社長の「和菓子にとって花鳥風月に代表される形は華だ。職人が自由に作っていいと認められて、うれしい。」というコメントを載せています。こんなモロパクを振りかざして「花鳥風月」とか「職人が自由に」云々というのは恥ずかしくてどうかと思いますが、でもこういう事態を招いた原因は「ひよ子」側にもあると思うのです。
1960年代、私が小学校に入る前、当時私は大分にいたのですが、「ひよ子」まんじゅうといえば福岡の親戚がおみやげに持ってきてくれる福岡の象徴でした。それがだんだんと商圏を拡大して九州北部の各地で地元のお菓子として広く売られるようになり、やがて東京に進出して東京銘菓として巨大に拡販。福岡の人間には信じられないだろうけど、東京の若いもんは「ひよ子」は東京のお菓子だと思っています。最近はそのほかの地域でもその土地の地元のお菓子として売っているフシがあり、どうやら「ひよ子」は地域性を消すことで“全国どこでも地元の銘菓”となることを狙っているのではないかとすら思えます。
おみやげ物の宿命として、一地方の銘菓として売っている限りその地方でしかおみやげとして購買されないので、商圏を拡大するにはせいぜい「ご当地キティ」のようにバリエーションを作ることで対応するわけですが、まったく同じSKUでご当地銘菓を横展開するという「ひよ子」のマーケティングは興味深いと常々思っていました。
しかしそうやって地域性を排除して、ユビキタスでワイルドカードなご当地銘菓となっていく過程で、「ひよ子」というお菓子そのものが持つストーリー(たとえば、福岡の親戚と紐づいている消費者の記憶とか、そういったもの)が失われコモディティ化し「ひよ子」ブランドは希薄化、プレミアムを失ってしまったために、同じ形や同じ味で他の商標を持ったお菓子の出現を許してしまったわけ。
こうなると、あとは香水からトイレのスリッパまで薄く広くあらゆるものに同じ商標を貼り付けて「記号としての商標」だけで商売をするピエール・カルダンと同じ路線を歩むしかないのかもしれない(それはそれで、ひとつの生き方)。
ところで、「
ひよ子サブレー」と「
鳩サブレー」、あるいは「
Hiyoko Popy」と「
ナボナ」の類似性について、誰か問題にしないのだろうか?
センター長さんのコメント:
↓
http://park12.wakwak.com/~p...