平野さんちのブログの「「啓蒙」は差別語??」という記事にコメントで書き込んだ内容なんですが、以前からひっかかっていたことなので、ここにも再掲です。
平野さんによると

今日、とある関係の会合で、文書を読み合わせしているときに「『啓蒙』は差別用語なので避けたほうがいいという意見がある」との話が出た。

んだだそうです。
啓蒙とか無知蒙昧の蒙の字は「めしい=めくら」という意味なので、差別用語だから使っちゃいけない、という主張があったとか。目の不自由な人という意味の漢字が使ってあるからそのコトバは使ってはいけない、なんていうのは、たんなるコトバ狩りで思考停止していると思うのですが、私は別の理由で「啓蒙」というコトバをあまり使いません。“差別用語だから”ではなく“私が使うと相手を馬鹿にしてることになっちゃいそうだから”、あるいは“不遜だから”です。


マーケティング活動などをしていると、よく社内の会議なんかで「プロスペクト(見込み顧客)を対象にした啓蒙活動をやろう」なんていう発言が出てきます。
「お客さんになって欲しい人たちに新しい情報を理解していただく活動をしよう」というぐらいのつもりなんでしょうが、啓蒙というコトバは「下々の愚民を教え導く」といったような意味ですから、「あーん、こいつらぼんくらにちょっくら新しい知識を授けてやって、知識レベルを上げて導いてやろう」ってなニュアンスになるはずでして、ましてや、お客様に面と向かって「弊社の大事なお客様を対象に、啓蒙セミナーを開かせていただくことになりましたのでぜひお越しください」なんてお誘いするのは、持ち上げてんだか小ばかにしてんだか、わけがわかんないですね。
そんなわけで、啓蒙というコトバ、私にとっては気持ちよく使えるシチュエーションがほとんどない、使いにくいコトバです。
たぶん、すっごく頭がよくて、とっても徳があって、無知蒙昧な世間一般のわれわれ万人から慕われる天子様のような方なら、自然にすっと口から出てくるんでしょうけど。

投稿者 樋口 理

「無知蒙昧な僕たち [啓蒙]」に3件のコメントがあります
  1. これまでも何度か機会があり、たまにこの問題に頭をめぐらせています。差別的な悪意や敵意があるなら差別語は問題ですけど…。悪意の有無、事実関係の正確さ、文脈との整合性などで問題なければあまり目くじらたてることもないと思います。むしろ、差別用語かどうかがきっかけで新たな対立が起きてしまう危険性も少し気になります。

  2. 前職の大手代理店では人権度テストがあり、PC的に不適格用語はどーれ?ペーパーテストがよくあったのを思い出しました。
    ちなみに啓蒙は「啓発」に置き換えるようにとの回答が記憶にあります。まーいらん問題を起こす必要もないので、啓発を利用してます。
    「ばかちxん(カメラ)」も特定民族が示唆されるので不適切と学び、その時はそーなのかーと思ったのですが、その後ウェブでは「マゲ」の意味だとか「朝松」の意味だとか色々諸説あるんだなーと思ったりしましたが、これもいらん問題を起こす必要もないな、ということで、利用しないようにしています。
    あー、コミュニケーション業界出身って実は言葉遣いに関してはものすごく保守的になるのねと、今気づいた自分です。
    しかしアメリカの一時期のPCブームのせいで、Zooという単語が「動物を囲って人間様が見てやってるというおこがましい意識の現れ」ということでダメポになり、NYの大好きなBronx Zooが一時期「Bronx Wild Animal Conservation Park」とかいうお馬鹿な名称になった時には流石に呆れました(今はBronx Zooに戻ったみたいですが)

  3. とある家電量販店では日常のように使われている言葉です。
    特に気にもならないし、気にしたことも無かったです。
    言われてみると確かに「啓発」のほうが字の意味合いもいいですね。
    ただ・・・その理屈で言うなら、米国ではJapanもしくはJapaneseの略称である「Jap」を日常的に使っているそうですが。
    第二次世界大戦中の日本人に対する蔑称ですよね。
    言い出したらキリが無いコトですが、「ことば」はなんにせよ文化ですから・・・
    否定、肯定の意見を交わすことはすばらしいと思いますよ。
    美しい日本語の文化が重要視されているのは、言葉が乱れているから「気づいた」ことだと思います。
    普段使わない言葉について考えてみる。
    普段使っている言葉について考えてみる。
    それだけでいろいろなコト考えさせられますね。

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