「説明責任」というコトバ、最近よく使われるし、私も(特に企業再生の現場なんかで)使うのだけれど、「説明」と「責任」という、よく知っている単語の組み合わせのせいか、なんだか違う意味に使われていることがありますね。
最近、ちょっと気になったケース。とある外資系会社の施策を是正すべきだという批判に対して、会社のスポークスマンが「議論しているが、社内の説明責任があって、なかなか会社側の同意が得られない」という趣旨の返答をしていました。
これ、使い方を完全に間違ってる。
「説明責任」って、Accountability の訳なんだけど、なんとか-ability っていうぐらいだから「企業や政府がその職務をきちんと果たすのみならず、果たした職務の経緯や結果をきちんと公明正大に説明できる体制と能力」といったようなことを指していると思うのです。
「社内の説明責任があるから、結果が出せません」って、ぜんぜん accountable じゃないから。それを言うなら「社内の言い訳が立たないので、できません」というのが正しいと思います。
「社内の言い訳が立たない」ことを公の場での言い訳にするものどうかと思うです、わたくしとしては。
> 「社内の言い訳が立たない」ことを公の場での言い訳にするものどうかと思うです
もちろん、それは言うまでもないことで。
ステークホルダーからの要望を拒否する理由として「社内の言い訳が立たない」なんてのは全く説明がついてない、つまり会社として説明責任を果たせてないということです。
個人の資質というか「芸風」でそうやっているのかもしれないけど、個人的には心の中で「おめえ、意味もろくにわかってねえくせに、聞いたような口を聞くんじゃねえよ、××!」と思っちゃうわけですが、そこは公の場ではぐっとこらえて。でも、もういっぺんやらかしてくれたら、今度は気にせず個人攻撃しちゃうかもしれない。
会社もああいうのを放置していると、組織としてアカウンタビリティのないことが丸出しなので、そろそろどうにかしたほうがいいと思うんだけどなあ。企業広報的には。
まぁ,よっぽど「社内で言い訳が立たない」経験してるんでしょうね。
現地の責任者の説明能力とかふくめ、Googleの危機管理体制の問題なのだけど、かたや、フリクションを起こしてでもちゃんと説明して納得させる人より、適当に流しちゃう人が重用されているのかもしれません。
組織的には反面教師ですなぁ。
> 現地の責任者の説明能力とかふくめ、Googleの危機管理体制の問題なのだけど、
先月号の Wired の記事
http://www.wired.com/techbi…
でも書かれてましたけど、現地法人に限らないかもしれないですね。
まだ、世間の風評とか、ワシントンのロビーとか、DOJとか、「エンジニアとアルゴリズムでは勝てない戦い」に備えができてない組織なんですね。
組織全体に蔓延する ignorant arrogance とでも言うか、20世紀にマイクロソフトが通ってきた道。
アルファブロガーの新人さんと知って
数点目を通しました。
早い話が、「外部」に説明する語彙を
内部のタテ社会での責任の所在と
勘違いしていたor誤魔化そうとしていた
ということでしょ。
まわりくどいですね。
どこのどちら様か存じ上げませんが、私の記事に対してのコメント(ご批判?)でしょうか?
「語彙を所在と勘違い……」云々以下のくだりが、誰に何をおっしゃいたいのかよく分かりません。頭悪いもんで、ごめんなさい。
恐れ入りますが、論点が分かるように、整理してご説明いただけますか?