商品のマーケティング戦略を考える討論をしているときに「この製品のターゲットは誰?」という質問を投げてみると、「これは万人向けの商品として、どなたにでも興味をもってもらえるように、ターゲットを絞らずにマーケティングしたい」といった意味のお返事をいただくことがあります。
私も欲深いほうなので、そう言いたい気持ちは分からないでもないけれど、それじゃたぶん売れないと思う。
だってさぁ……
物資が絶対的に足りなかった時代ならともかく、今や世の中はあらゆる商品であふれかえっていて希少資源は消費者側(のアテンション)なわけ。買う側は「まさに自分のために作られたようなモノ」を求めてさまよっている状態なのに、そんな人に「これは万人向けです」なんて訴求しても、ぜんぜん食指が動くわけないもんね。
「万人向け」マーケティングをやっている人は、いまだにモノが足りない時代の意識を引きずっているんだと思う。ランチェスターじゃないけれど、ターゲットを絞って、それぞれの物欲をそそるメッセージを投げるべきだと思うなあ。
うちの商品(?)も、顧客(?)ターゲットを万人向けにするか、2極分化させるか、オーダーメイドもどきにするかで悩みました。
実際は2極分化+オプションという形態にしたのですが、蓋をあけてみると、内容が充実した高額商品(?)ほど人気があるのには驚きました。
Technorati の Blog Directory で、Blog 毎に細分化された興味の方向性を見ていると、確かに万人向け商品は難しくなっている気がします。
http://www.technorati.jp/bl…
センター長さん:
診療や医療は、まさに高度にパーソナライズされたサービス商品だと思います。とくに検査なんて、それこそ自分向けにしっかりカスタムメイドしてもらってサービスを受けたいし、そのための追加の対価は喜んで支払う。むしろそこをケチって万人向けの検査なんか受けたりするとかえって「本当に大丈夫だったんだろうか」という認知的不協和がつのるばかりなので、選択がむずかしければ「全部入り」のサービスに向かってしまうと思うのです。なので、そういう結果になるのは納得がいきます。
minamiさん:
そうですよね。
ま、結果として万人にうけるものになってもいいんです(というか、そうなりたい)。
ただ、商品を認知・理解してもらって購買につなげるプロセスの中では、それぞれの顧客に合わせて個別のメッセージを出していくべし、ということだと思います。顧客に「刺さった」メッセージの種別が多ければ多いほど、結果的に「万人にうけた」ことになるんですね。それを最初から「万人向け」と謳ってしまうからヘンなことになっちゃう。
面白い話ですね。
私もよく「誰でも」、「皆」、「どこでも」などという言葉を聞かされてはひどくイライラしていたことを思い出しました。
その度に「誰でもって誰? 皆って何人? どこでもってどこ?」などと意地悪く突っ込んでいたものです。 しかも、「キミだったら買う? キミの奥さんは? キミの両親は?」と続けると、ほとんどの場合は「買わないでしょうねえ・・・。」という馬鹿げた答えが返ってきたものです。
要するにターゲットをイメージできてないんですね。 仮に「万人」という集団があるとしたら、そこには万単位の個性があるんだろうし、万単位の切り口があるんでしょうから、その中からどの個性とどの切り口を選びだしてフォーカスするかと言うことになるんじゃないでしょうか?
日本人なら「誰でもご飯に味噌汁」かも知れないけど、同じ日本人がパンも食えばチーズも食うし、ラーメンやカレーライスなんて大好きなんでしょ?