昨夜、元ゲーム機業界の風雲おやじ(今月号の雑誌「選択」参照)で、今は音楽レコードビジネス人として平穏なサラリーマン生活(自称)をしていらっしゃる宮田師と呑んでいたときに出た話題を忘れないうちにメモ。

三題噺「ブログ、グーグル、アテンション」にも書いたとおり、一般消費者の情報消費行動のパターンが大きく変わってきています。プッシュからプルへ、決まったプログラムのパッケージから用があるコンテンツだけの“バラ売り”へ、DeterministicからStochasticへ、同期から非同期へと、まあ、送り手主導で周波数帯と時間帯の切り売りで富を得ている放送メディアには都合のよくない変化ばかりです。テレビの人たちが“放送と通信の融合”に抵抗するのも当然です。

ニュースなどのように決まった時刻、決まったチャンネルで受動的に摂取する番組は別として、そのほかのほとんどのテレビ番組は、送り手の都合によるタイムテーブルの縛りと関係なく、受け手が見たいときに見るというパターンに変化する、っていうシナリオも今までは理屈の上の話に過ぎなかったんですが、ここ数ヶ月の世の中の動きを見ていていると、急に現実味を帯びてきています。少なくとも、視聴者側のマインドはそっちにいっちゃってる気がします。

で、そうなると、ですよ、「ある日気がついたら新聞からラテ欄がなくなってるはずだ(レコード針のように)」というのがほろ酔い加減の私と宮田師の結論。
あれ?ゆうべはものすごくいいことに気がついたように思ったんだけど、書いてみるとたいしたことないな。ま、酔っ払いが盛り上がってる話題なんて、こんなもんか。

ところで、最近どこかで「最近の10代の子は、テレビ番組を番組表どおりに視聴したり、アルバムとしてまとめて供給を受ける、というふうにパッケージされたコンテンツを受け取るというスタイルがなくなっている」とかいったような内容の調査結果だかなんだかを見かけたような気がするんですが、出典がわかりません。どなたか、ご存知でしたら、教えてくださるとうれしいです。